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未知なるエゴ対峙

 

ご遺体やお遺骨と接していると、常に【無】の感覚と共に在り、

 

フラットに生命サイクルの【死】と向き合わせていただいております。

 

 

おかげさまで、死への恐れは皆無ですが、

 

これまでに感じたことのない未知なるエゴと対峙する機会が与えられています。

 

 

ひとつは、陰湿ないじめとDV的態度から怒りの大爆発が起きました。

 

そしていま、かすかなストーキング要素に反応する身の毛がよだつ感覚と対峙しています。

 

 

ストーキング役の方は、仕事へのやる気なし、不調和を生む俺流を押し通し、

 

無愛想で他者との関りを遮断している方だとお見受けしました。

 

ですが、外で一人で居る時に、ほほえみながら話しかけられた瞬間に、背筋が凍る感覚が走ったのです。

 

 

一般的には、「にこやかな態度に、背筋が凍るとは失礼じゃないか」と、お叱りを受けるでしょう。

 

でも、常に波動を観ていると、その方の言動より先に波動をキャッチします。

 

 

海外で、紛争や貧困と背中合わせの土地を一人で渡り歩いていた際、

 

言葉が通じないため、相手の言動よりも全身の雰囲気(=波動)を重要視していました。

 

おかげさまで、一度も危険な目に遭わない実証がありますから、人の本音を見極める能力が培われた確信があります。

 

 

にこやかな態度を鵜呑みにして、詐欺や事件に巻き込まれる方が後を絶たないのは、全身感覚が鈍っているから。

 

健全な體の感覚があって、初めて天意が活きていきます。

 

 

天敵役の方は言動と波動が一致していたのに対し、ストーキング役の方は、言動と波動がチグハグなため、背筋に不気味な感覚が走ります。

 

 

背筋が凍る不気味な感覚を敵対視するのではなく、

 

その感覚があったから、これまで不穏な土地でも無事に生きてこられた事実を認めると、心底から感謝が溢れます。

 

 

昇華されずにモンスター化してしまったなら、いまここで終わらせればいい。

 

不気味な感覚に対して、敬い、感謝し、祝福する。

 

死を敬うべく従事したこちらの現場は、社会問題を牽引しているエゴの昇華という役割がありました。