· 

勝手な決めつけ

 

ある日、

 

「勝手に折り返してんじゃねーよ」

 

という声なき声に、「たしかに」と頷いた。

 

 

その昔、霊視できる方から、

 

寿命を教えて頂いたことありました。

 

 

写真家として、お声がかかるままに精力的に各地を飛び回っていましたが、

 

潮が引くように声がかからなくなった時に、

 

「(寿命の)折り返し地点は過ぎているんだから、もう落ち着かないと」と、

 

自我中心の生き方に戻そうとしました。

 

 

でも、その『折り返し地点』は、寿命を信じたから生まれた点であり、

 

『寿命』という概念が解放されると、『折り返し地点』は消失します。

 

ですので、これは勝手な決めつけなんです。

  

 

それから幾日か経った頃、母が見ていたテレビから、

 

「ほとんどすべての人間は、

 

これ以上のアイディアを出すのは不可能だというところまで行きつくと、

 

そこでやる気をなくしてしまう。いよいよこれからだというのに」

 

というエジソンの言葉が流れてきて、

 

 

上と同じトーンで響いた

 

「勝手に やめようとしてんじゃねーよ」

 

という声なき声に、

 

リチウムイオン電池を開発した名誉市民の講演会がフラッシュバックして、

 

「そういうことか!」と、一本とられる理解が起きました。

 

  

講演会では、

 

《自動車は、AIによる自動運転が主流となり、

 

人はゆったり座って、車と会話している》

 

近未来の映像を用いたプレゼンに、

 

 

「人間が操作しなくて大丈夫?」「車が話し相手なんて味気ない」

 

という常識が生む小言よりも、

 

 

常識を刷新する世界の実現に向けて動いている当事者の声に、

 

「すげー」と上品とは言えない感嘆の声しか出ませんでした。

 

 

《世界の科学業界全体が、2025年に焦点を合わせて進んでいる》と知らされて、

 

地球規模の水面下で、既に常識を超えた世界が創り出されている躍動を感じました。

 

 

そんな未来のお楽しみが開封されたお話の中で、強く印象に残ったのは、

 

「苦しかった事は何ですか?」という問いに、

 

「3年間、まったく売れなかったのが一番きつかった」という一言。

 

 

なかなか成果が実らず、危険を伴う実験を、何度も何度も繰り返したことではなく、

 

商品化した後の、ウンともスンとも言わない沈黙という言葉に、

 

深く共感しながらも、人間プログラムの慰めにも聞こえ、

 

(思い当たるが故に)ここを拾おうとはしませんでした。

 

 

でも、この反応は、『慰め』を「よくないもの」としているし、

 

「まったく売れない状態」を「よくないこと」と決めつけています。

 

 

「まったく売れないんだから、やめた方がいい」とするのは正当な理由になりますが、

 

それでやめるなら、本気とは言いません。

 

 

自身のモノコトに向かう姿勢の見直しならまだしも、

 

周りの反応や感情に委ねた見直しは、ブレが助長するだけです。

 

 

未知なる領域は特別枠ではないので、名言として扱われてきた言葉が、

 

スピリチャルには通用しないなんてことはありません。

 

 

「もし、売れないからと市場から撤退していたら、

 

タンザニアで目の当りにした

 

電気が通っていない村に、携帯電話が普及する(成人の男女問わず一人一台は当たり前)

 

ミラクルは起きてなかったかもしれない」

 

 

と思うと、巡り巡って全体が進化発展・繁栄していく志事は、

 

人間プログラムでは計り知れないのだから、

 

どんなに正当に思えても、

 

勝手な決めつけは、誰も喜ばないと、改めて認識しました。