徹底して、天意からの愛を観じていると
ネガティブ・悪・闇と呼ばれるモノコトにも天意を観じられるようになりました。
行動障がいや精神障がいの方々から罵声や暴言を投げかけられる場面があり、
本心じゃないからスルーすればいいと言われても、
その言葉が与える破壊力は半端ないので、気力も体力も消耗する一方でした。
でも、天意からの愛で観ていると どんな相手も自分の一部ですから、
自分がそういう側面を持っていることを認めるためには教えてくれる存在が必要です。
彼らは、その役割を担ってくれているだけ。
事実、じわじわと自分の奥の方から罵声や暴言が出てきます。
「良くない」「失礼」として細胞の奥に閉じ込めてしまったエゴが
天意に戻るためのSOSを出していることに気づかせていただいたのです。
これまで、命がけで優等生、いい人になろうと頑張ってきたことに
「お疲れ様でした」と労いました。
それがわかると、どんな出来事も相手から「天意されている」のだと気づき、
エゴの浮上に一役買ってくださった方々に感謝しかありません。
一見、どうみても天意ではないと思える場面であっても、
よくよく観察していくと、日常のあらゆる全てが天意から派生している理解が起きます。