次なる役割は、日本人なら全員お世話になる場での人生最期の立会人。
未来永劫 生きていくには、まるっと丸ごと死を受容する必要があるのではなかろうかと、
物理次元の肉体死を受け入れ、體を焼化する仕事を選びました。
わたしたちの體を観ていくと、日々、新陳代謝のために細胞は常に死んでくれています。
必要な役目を終え(死)たら新生するのが健全な細胞のサイクルです。
體の細胞死と肉体死を差別するのは自由ですが、
細胞が教えてくれる生死一対から、生を祝うのと同等に死を祝うのは自然で普通のことなので、
『死』に過剰反応される方は、今この瞬間を昇華の機会としてお役立てください。
多死社会と呼ばれるほど火葬場は多忙な状況にあり、
一般常識では休みとなる友引も稼働しないと回らないエリアもあるほど。
新しい職場にて、一連の流れを見学させていただきながら、
命を敬う前提で、ここでは『死』に特別な意味や感情を持ち込めないと感じました。
普段、何気なく鶏、豚、牛の命をいただいているわたしたち。
そこには必ず『死』を通過しますが、よろこんで命をいただく食育の働きから『死を祝う』一つのカタチが読み取れます。
ただ、一般社会で『死を祝う』と言おうものなら炎上必須です。
でも、全てのモノコトを祝うと宣言しながら、死は例外というのはナンセンスなので、
『必死に働いてくださった肉体(體)を心底から祝う者になる!』を胸に従事させていただきます。