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敬う=尊び祝う

 

散歩していたら、住宅街にポツンと寂れた店構えのパン屋さんに遭遇しました。

 

昭和のまま時が止まったような外観で、ガラス越しに見える店内は薄暗く、閉店しているようにも見えましたが、

 

目を凝らすとショーケースにはパンらしきものが並んでいました。

 

 

わたしはパンには目がないので、パン屋を見つけたら、真っ先に入るのですが、

 

今回ばかりは「店に入るか、やめるか」考えながら店の前を行ったり来たりした後に、意を決して入店しました。

 

 

店内はあまり掃除が行き届いていない様子で、一瞬、たじろいでしまいましたが、

 

ショーケースには、10種類以上のパンが並んでおり、焼き立てのパンはオーブン皿のまま置かれていました。

 

 

ここでは、どのお店でも必ず購入するアンパンとクリームパンを購入。

 

入店チャイムに反応して奥から出て来られたのは、無造作に髪を束ねた高齢のおかみさん。

 

衛生面が心配になるような風貌であるけれど、「焼き立てよ!」と愛想よく心地いい接客をしてくださいました。

 

 

家に戻ると、早速、珈琲をいれてパンを実食。

 

これが想像以上に美味しい!

 

カスタードクリームも、あんも、自家製を謳っていないし、値段的に業務用だと推測できるのに、

 

とても舌触りが滑らかで、味もまろやかで、有名店やこだわりの店に引けを取らないくらい美味しいのです!

 

 

店の印象がお世辞にも「いい」とは言えなかった心理的要因も加味しているのでしょうか、

 

入店を躊躇してしまうほど寂れていて、衛生面も心配になる店構えなのに、

 

「味だけで営業継続できるものなの?!」と、かなり面食らっています。

 

 

見かけで判断してはいけないと言いますが、ある程度は見かけも大切だと思っています。

 

ましてや食を提供するのであれば、清潔感は欠かせない要素だと思っていました。

 

 

しかし、その「ある程度の見かけ」すら素っ飛ばして営業している実例を目の当たりにして、

 

上っ面ではない本来の生命力を観じずにはいられません。

 

 

この一件で、【敬う】という言葉には【尊び祝う】意味があると気づかされ、

 

どんなモノコトも敬うということは、どんなモノコトも尊び祝うことなのだと腑に落ちました。