天意の状態が安定していると、絶妙なタイミングでモノコトが運ばれてきます。
実例その①
妹夫婦とお墓参りに行く前日に、叔母叔父から賞味期限3日の高級プラムが届いた。
叔父叔母からの贈り物は兄妹とシェアしているため、食べごろが限定される果物は、うちまで取りに来てもらう必要が出てきます。
お墓参りを行く予定は教えていないのに、このタイミングは神がかってます。
実例その②
新しいチャレンジの二次試験は割当制で、期間中、唯一の公休に試験が設定された。
さすがに休みを調整する必要が出てくると思っていたので、只々ありがたいし、天意の後押しを感じます。
一次試験の合格を受けて、久しぶりに地元に降り立ち、7年振りにお願いした美容師さんからリラックス状態で施術を受けることができて、
改めて、コロナ禍以降、必死に頑張ってきた経験を素晴らしいと認めつつ、もっと素直に生きる母意が湧いてきました。
与えられるままに活動していた写真家時代は、「神の加護って本当にあるんだね」と思ってしまうほど、
台風による空港閉鎖やら詐欺や窃盗の危機を感じる場面など、トラブルに巻き込まれてもおかしくない状況なのに、
絶妙なタイミングで難を避けてくれる経験をさせていただきました。
それは、エゴ都合を持ち込まず、
条件に関わらず、頂いたチャンスを有難く受け取って、純粋に「はい喜んで!」とワクワクで活動していた=天意からの愛の体現
だったのだと、改めて認識させていただきました。
エゴが薄まり透明になればなるほど、自ずとモノコトのタイミングが合ってきて、エゴを介入しない面白さが味わえます。