多種多様な職種に携わっており、好奇心で選ぶため統一性がない職歴ですが、
ターニングポイントとなる職業に、とある共通点が炙り出されました。
アラサーの頃、恵まれているのに生きていない感覚に圧し潰されそうになり、
絶望から生み出されたのは、笑顔の写真家という役割でした。
ありがたいことに、周囲と空間の力添えのおかげさまで、10年ほど活動させていただきました。
そして、コロナ禍で廃業・失職せざるを得なくなり、全ての支払いが滞り、社会的信用を失って、
咄嗟に思いついたのが たい焼き屋でパートから正社員になって働くこと。
焼きのタイミングやテンポを掴むと、ひたすらに黙々とたい焼きを焼く作業が心地よく、
気づけば5年近く従事させていただき、おかげさまで、社会的信用が復活し、
クレジットカードが使えるようになり、賃貸契約が可能となりシェアハウスから卒業しました。
人にも恵まれて楽しく働いていましたが、店舗運営のセンスの無さがトラブルを連発させ、
20キロの食材の頻繁な持ち運びに身体が悲鳴をあげたため、心身を壊す前に退きました。
次なる役割は、人生最期の立会人。
日本は火葬のため、その番人をさせていただきます。
人との関りは、常日頃から「これが最期=一期一会」と向き合っていますが、この役割が最期になるかは未知数です。
今朝、ふと【わたしのターニングポイントは『焼く』役割になっている】気づきが起きました。
写真家時代はフィルムを使用していたため、普通に写真は焼くモノと認識していました。
今でも『焼き増し』という言葉があるように写真は焼いて仕上げます。
たい焼きは いわずもがなですし、火葬も焼きです。
命の役割に天意が示す方向性ってあるのかもしれないと観じて、なんとなく面白いなぁって思うのです。